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わが生死観
岸本英夫先生
二つの立場
生死観を語る場合には、二つの立場がある。
第一の場合は生死観を語るにあたって、自分自身にとっての問題はしばらく別として、人間一般の死の問題について考えようとする立場である。
これは、いわば、一般的かつ観念的な生死観である。
もちろん、自分も人間であるから、自分というものも、広い意味では、その中にはいっている。
このような生死観も有用である。
自分も含めた意味での人間の生死観の考え方を整理しておくことは、いざという場合の基礎的な知識となるからである。
しかし、もっと切実な緊迫したもう一つの立場がある。
それは、自分自身の心が、生命飢餓状態におかれている場合の生死観である。
腹の底から突きあげてくるような生命に対する執着や、心臓をまで凍らせてしまうかと思われる死の脅威におびやかされて、いてもたってもいられない状態におかれた場合の生死観である。
ギリギリの死の巌頭にたって、必死でつかもうとする自分の生死観である。
この第二の立場の場合には、第一の立場に含まれなかったもう一つのはげしい要素を加えている。
それは、人間が健康で生命に対する自信にみちて、平安に日々の生活を営んでいる場合には、まったく、思いもかけない要素である。
人間が、生命飢餓状態におかれた場合に現われてくる生命欲のはげしさである。
生命欲は、生理心理的な一つの力である。
いつでも人間の心の底に潜んでいるに相違ない。
しかし、人間は、平生はそれをそのままでは感じない。
それがいざとなると、猛然と、その頭をもたげて来る。
そして、はげしい生への執着となり、死に対する恐怖となって現われる。
この要素を加えると、人間の生死観は、何か質的にも別個のものになったかと思われるほど、第一の観念的な立場とは、異なってくる。
人間が生命飢餓状態に陥るのは、戦場に赴くとか、病気になるとか、自分の存在を続けてゆく見通しが断ちきられる場合に限る。
それも目前の近い将来である場合に限る。
生命の危険の場合におかれても、それを超えて生き続ける望みのある場合には、人間はその希望の方に重点をおいて、それを頼りにするので、生命飢餓感は、本格的には起ってこない。
それが起ってくるには、生存の見通しが絶望にならなければならない。
死刑囚の刑が最終的に決定するとか、神風特攻に出かけてゆく日がきまるとか、癌で手遅れを宣告されるとかいうような場合である。
死が目の前に迫り、もはやまったく絶望という意識が心を占有したときに、にわかに、心は生命飢餓状態になる。
そして生命に対する執着、死に対する恐怖が、筆舌を越えたすさまじさで、心の中に起ってくる。
このように生命飢餓状態というものは、生存の見通しに対する絶望がなければおこってこないというところに、大きな特徴がある。
生命飢餓感は、食物に対する生理的な飢餓感に酷似している。
胃袋に食物が満ちている時には、飢餓感を感じない。
もちろん、人間は、満腹していても、食欲について語ることはできる。
しかし、その場合の食欲は、食物の味のよいわるいというようなことに関連してくるに過ぎない。
痛烈な飢餓感ではない。
ところが胃袋に食物のない状態の人は、もっとほんとうに腹の減った苦しみに、なやまされている。
それは、単に、観念的においしい食物のことを考えただけでは、けっして、いやされることのないものである。
生命の飢餓感も、それと、まさに、同じである。
明日も、あさっても、そしていつまでも生きてゆくことができると考えている人の心は、生命に満ちたりている。
生命に対して飢餓は感じていない。
それゆえ、そのような人は、観念的には、死の問題を考えても、生命飢餓状態におけるようなはげしい生命欲にさいなまれてはいないのである。
生命飢餓状態におかれた人間が、ワナワナしそうな膝がしらを抑えて、一生懸命に頑張りながら、観念的な生死観に求めるものは何であるか。
何か、この直接的なはげしい死の脅威の攻勢に対して、抵抗するための力になるようなものがありはしないかということである。
それに役立たないような考え方や観念の組立ては、すべて、無用の長物である。
生命の飢餓状態におかれて
私自身も、はじめから、そのような生命飢餓感を知っていたわけではない。
外国の病院で、外国人の医者から、はからずも面と向かって癌の宣告をされたときに、それははじまった。
「あなたの病気は悪性腫瘍です。
医者としてはあなたの生命を、半年までは保証することができます。」
といわれた直後に、私は自分が、そのような生命飢餓状態にはいっていることを知って驚いた。
そして、それから、十年近くも癌の再発と戦い続けている間というもの、その生命飢餓状態のすさまじさを身をもって思い知ったのである。
このように自分の経験を通して、もう一度世の中を見わたしたとき、私は、さまざまな理由から、生命飢餓状態におかれて、心がさいなまれ、おそれおののいている人が、数多くいることを知った。
生命飢餓状態になった場合には、死との戦いは、もはや、単に観念的のものではない。
死の恐怖は、人間の生理心理的構造のあらゆる場所に、細胞の一つ一つにまで、しみわたる。
生命に対する執着は、藁の一筋にさえすがって、それによって迫ってくる死に抵抗しようとする。
私は、自分としては、上述のうちの第二の立場をとる。
私自身にとっては、最近十年間にわたった癌の攻勢も、現在やや下火になっている。
ここ半年ほどは、ことによると、癌で死なないですむのではないかとまで考えることができるようになった。
したがって、私を、手負いの荒れ猪にしていた生命飢餓状態も、今日では、小康を保っているといえよう。
しかし、私は、ここで、生死観を考えるにあたって、人間が生命飢餓状態になった場合に、無用の長物になるような観念的要素は、すべて、問題の外におくこととする。
そして、生命飢餓状態になった私自身にとって大映しになってきた問題だけにしぼって考えることにする。
生命飢餓状態に身をおいて考えてみると、平生は漠然と死の恐怖と考えていたことが、実は、二つの異なった要素を含んでいることがあきらかになる。
その一つは、死そのものではなく、死にいたる人間の肉体の苦痛であり、他は、生命が断ちきられるということ、すなわち、死そのものに対するおそれである。
この二つは、質的には、まったく異なった要素でありながら、両者は、時間的には、ほとんど同時に、人間を襲ってくる。
それで、多くの場合に、両者は混同されてしまう。
ところかまわず襲ってくる激痛、高熱、吐瀉、下痢、呼吸困難、このような思ってもゾッlとするような苦痛なしには、この人間の肉体は、生命を失ってゆくことのできない場合が多い。
それだけに心を奪われて、それだから自分は死ぬのがこわいのだと思っている素朴な人々も多い。
しかし、これは、前山の高さに気をとられて、そのうしろにひかえている真の高山を見あやまる考え方である。
肉体の苦痛はいかにはげしくとも、生命を断たれることに対する恐怖は、それよりももっと大きい。
生命飢餓状態におかれれば、人間は、どうしても、どんな苦しみの下におかれても、生きていたいと思う。
人間は、この状態では、いつでも、もっと生きていたいのである。ゴーリキーの描き出す「夜の宿」の売笑婦のように
「いくら苦しくてもよいから、もっと生きたいの」というのが、人間の本音である。
しかし、刑務所の独房で、深夜、死刑囚が、明日にも迫った刑の執行を思いながら、そうっと自分の頸(くび)のあたりを撫でてみるような場合には、これは、多少、意味が異なる。
この場合には肉体的なものが、生命の断絶の象徴になる。
やがて首に捲きつけられる革紐は、生命の断絶を意味するシムボルである。
そこで、死の恐怖について、死にともなう肉体的な苦痛と、死そのものとをわける。
そして、ここでは、死の、より中心的な問題として、生命を断たれるということをめぐる問題だけに、焦点をおいてみる。
生命を断ち切られるということは、もっとくわしく考えると、どういうことであるか。
それが、人間の肉体的生命の終りであることは、たしかである。
呼吸はとまり、心臓は停止する。
もはや肉体は、個体としての機能的活動をしなくなる。
その結果、肉体はあるいは腐敗し、あるいは焼かれ、自然的要素に分解する。
このように、死によって肉体が分解するというところまでは、近代文化の中では、だれの考え方も一致する。
しかし、生命体としての人間を構成しているものは、単に、生理的な肉体だけではない。
すくなくとも、生きている間は、人間は、精神的な個と考えるのが常識である。
生きている現在においては、自分というものの意識がある。
「この自分」というものがあるのである。
そこで問題は、この自分は、死後どうなるかという点に集中してくる。
これが人間にとっての大問題となる。
死後の生命
死後の生命の存続如何という問題は、さまざまな表現形式をとりながら、結局、この点に集中してくる。
天国や浄土の存在に対する信仰は、そのもっとも単純明瞭な形である。
もちろん、天国や浄土における死後の生活様式として描き出されているものは、単にそれだけではない。
もっと複雑で具体的な感覚や感情生活をともなった未来が描かれている。
ただ、それは、主として、前近代的時代のことであって、近代的な社会においては、すでに、それをそのままに信じようとする人の数が少なくなっていることはうたがいのない事実といってよいであろう。
しかし、天国や浄土を具体的に信じることはやめた近代の人々も、「この自分」というものの意識の存続を簡単に否定しようとはしない。
そこにはいろいろな見解がある。
諸説紛々というところである。
なぜ、それが、そのように問題になるか。
それは、人間にとって何より恐ろしいのは、死によって、今持っている「この自分」の意識が、なくなってしまうということだからである。
死の問題をつきつめて考えていって、それが「この、今、意識している自分」が消滅することを意味するのだと気がついた時に、人間は、愕然とする。
これは恐ろしい。
何よりも恐ろしいことである。
身の毛がよだつほどおそろしい。
死後の生命の存続ということが、煎じ詰めると、その一点にかかっている。
何とかして、「この自分」はいつまでもその個体意識をもちつずけうるということを確かめられればとねがう。
これが近代的来世観である。
しかし、どうであろうか。
死によって肉体が崩壊すると、感覚器官や神経系統も消滅する。
脳細胞もまったく自然要素に分解してしまう。
生理的構造が何もなくなった後で、「この自分」という意識だけが存在することが可能だと考えようとするのは、相当に無理があるのではなかろうか。
これは、近代においても、人によって、その見解の異なるところがあるように思われる。
私自身は、はっきりいえば、そうしたことは信ずることはできない。
そのような考え方はどうも、私の心の中にある合理性が納得しない。
それが、たとい、身の毛がよだつほど恐ろしいことであるとしても、私の心の中の知性は、そう考える。
私には、死とともに、すなわち、肉体の崩壊とともに、「この自分の意識」も消滅するものをとしか思われない。
私自身は死によって、この私自身というものは、その個体的意識とともに消滅するものと考えている。
私は、実は子供の時には、敬虔なキリスト教の家庭に育った。
私自身も子供らしい熱心な信仰をもっていた。
しかし、青年時代に、私は奇蹟をおこなうことのできるような伝統的な人格神信仰は、どうしても信じることができなくなった。
その意味で、神を捨てたのである。
そして、同時に死後の理想世界としての天国や浄土の存在は、まったく信じないようになった。
そして、しだいに私は肉体の死によって、私という意識する個体は、物質的にも、精神的にも、消滅するものと考えるようになってきている。
そう考えているというよりは、むしろ、私をして、そう考えさせずにはおかないという方が、より正確であろう。
かように、生死の問題に関しては、私は、きわめてむつかしい立場にたっている。
私は、十年来思いもかけず、生命飢餓状態におかれてきた。
したがって、死の問題は、日夜、忘れることのできないほど、つねに、身近にある。
しかも、私は、その死にたち向かうにあたって、もっとも有力な武器である死後の生命の存続という信念をもっていないのである。
素手で死の前にたっているようなものであろう。
私は、かって、まだ癌に冒される以前、健康であつた時、しばしば死についての上述のような見解を述べた。
そして、伝統的な宗教家に批判されたものである。
「あなたは、今は健康で死などというものの実感がないから、そのような強いことをいえるが、実際死に直面してごらんなさい。
きっと、多くの人々と同じように、神にすがり、来世を信じて死んでゆくにちがいありませんよ。」
その頃、私は、そういわれると、それに抵抗する根拠をもっていなかった。
もし、実際、そういう場合がくれば、そうなるものかもしれないと思うよりほかなかった。
しかし、はからずも癌になり、生命飢餓状態におかれた場合に、私は、そうはならない自分自身を発見した。
まっくらな大きな暗闇のような死が、その口を大きくあけて迫ってくる前に、私はたっていた。
私の心は、生への執着ではりさけるようであった。
私は、もし、自分が死後の理想世界を信じることができれば、どれほど楽だろうと思った。
生命飢餓状態の苦しみを救うのに、それほど適切な解決法はない。
死後も、生命があるのだということになれば、はげしい生命飢餓の攻勢も、それによってその鉾先をやわらげるに相違ない。
しかし、私の心の中にある知性は、私にするどくよびかけてきた。
そんな妥協でお前は納得するのか。
それは、苦しさに負けた妥協にすぎないではないか。
その証拠に、お前の心自身が、実はそういう考え方に納得してはいないではないか。
そのするどい心底の声をききながら、私は、自分の知性の強靭さに心ひそかな誇りを感じ、そして、さしあたりの解決法のない生命飢餓状態にさいなまれながら、どこまでも、素手のままで死の前にたっていたのである。
しかし、今にして思えば、そのようなはっきりした態度をとることができたのは、苦しい中にも、私にとってはむしろ幸いであった。
もっと悲惨なのは、心がはっきり定まらず、疑惑の雲の中でもだえる場合であろう。
天国はあるのだろうか、ないのだろうか、死に直面しながら、それをいずれともきめかねて、ああでもないこうでもないと思いわずらう。
そうなると、自分というものが、二つにも三つにも割れる。
しかも、生命飢餓状態が深刻になるほど、疑いに拍車がかけられ、自己の分裂はますます深まる。
私はのちに、多年、他人には浄土往生を説いた高僧といわれた人が、自分の死に直面したときにはほんとうに自分をまっている浄土があるのかどうかという疑いを生じ、浄土はあるかないかという二つの考え方の間を彷徨して、狂い死にをしたという話をきいた。
死は「別れのとき」
その点、私の立場は、きわめて困難なものではあったけれども、はっきりとして一つの方向に定まっていた。
私は、その方向に向かって、捨身に自分を投げつけていくことができたのである。
もう一度くりかえしていえば、死後の生命の存続を信じない私が、癌というような思いもかけない病気のために、生命飢餓状態におかれ、死の暗闇の前にたたされたのである。
天国や浄土などの理想世界を信ずるものにとっては、死後の世界は、暗闇ではない。
一つの実体である。
しかも、輝かしい世界である。
しかし、私にとっては、それは、真黒の暗闇であった。
私は、その絶望的な暗闇を、必死な気持で凝視しつずけた。
そうしているうちに、私は、一つのことに気がつきはじめた。
それは死というものは、実体ではないということである。
死を実体と考えるのは人間の錯覚である。
死というものは、そのものが実体ではなくて、実体である生命がない場所であるというだけのことである。
そういうことが、理解されてきた。
生と死とは、ちょうど、光と闇との関係にある。
物理的な自然現象としての暗闇というのは、それ自体が存在するのではない。
光がないというだけのことである。
光のない場所を暗闇という。
人間にとって光にもひとしいものは、生命である。
その生命のないところを、人間は暗闇として感じるのである。
死の暗闇が実体でないということは、理解は、何でもないようであるが、実は私には大発見であった。
これを裏返していえば、人間に実際与えられているものは、現実の生命だけだということである。
人間は、日々の生活をくり返して生きている。
これは、疑いのないことである。
人間にとって生命は実体である。
しかし、人間にとってあることは、今生きているということだけである。
人間には、生命がある。
五十年か六十年か生きているが、その寿命の中の一日一日は、どの一日も、すべて人間にとっては同じように実体としての生命である。
どの一日も同じように尊い。
寿命がつきて、死が近ずいたとしても、その死に近い一日も、健康の時の一日と同じように尊い。
そのいのちのなくなる日まで、人間は生命を大切によく生きなければならない。
死というのは別の実体であって、これが生命におきかわるのではない。
ただ単に、実体である生命がなくなるというだけのことである。
このような考え方がひらけてきた後の私は、人間にとって何よりも大切なことは、この与えられた人生を、どうよく生きるかということにあると考えるようになった。
いかに病に冒されて、その生命の終りが近ずいても、人間にとっては、その生命の一日一日の重要性はかわるものではない。
つらくても、苦しくても、与えられた生命を最後までよく生きてゆくよりほか、人間にとって生きるべき生き方はない。
このようにして、死の暗闇の前に素手でたっていた私は、このギリギリの限界状況まできて、逆に、大きな転回をして、生命の絶対的な肯定論者になった。
死を前にして大いに生きるということが、私の新しい出発になった。
それ以来、私は、一個の人間として、もっぱらどうすれば「よく生きる」ことができるかということを考えている。
しかし、そう生きていても、そこに、やはり生命飢餓状態は残る。
人間は、一日一日をよく生きながら、しかも同時に、つねに死に処する心構えの用意をつずけなければならない。
私は、生命をよく生きるという立場から、死は、生命に対する別れのときと考えるようになった。
立派に最後の別れができるように、平生から、心の準備を怠らないように努めるのである。
生命飢餓状態に身をおきながら、生命の肯定をその出発点とする。
私は、ここまで論じて、ようやく、その出発点まできた。
しかし、私はもはやこの稿を終らなければならない。
いかにしてよく生きてゆくか、いかにして、別れのときである死に処するか、このような問題をすべてあとに残して、しばらく筆をおく。
岸本英夫先生
1903(明治36・兵庫県明石市生まれ)〜1964(昭和39)。宗教学者・東京大学教授。客員教授としてスタンフォード大学に滞在中の1954年、左頸部に癌が発見され、アメリカで摘出手術を受ける。帰国して、1960年より東京大学付属図書館長に就任。1964年死去。同年、「死を見つめる心―ガンとたたかった十年間」が出版された。著書に「宗教学」「宗教現象の諸相」「宗教神秘主義」等。
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